INICIAR SESIÓN「この女は――数万を焼き殺した、魔王です」 聖女候補の告発は、一言残らず事実だった。 前世、わたくしは大陸の三分の一を焼いた魔王。今世では普通の恋に憧れる公爵令嬢として生きていたのに、卒業パーティーで正体を暴かれ、婚約破棄と処刑を言い渡される。 そこへ現れた隣国の皇太子は、すべてを知った上でわたくしを求めた。 「ええ。あなたが魔王だったことも、すべて信じております」 濡れ衣ではない。罪も過去も、すべて本物。 罪を抱えた元魔王の令嬢と、彼女のすべてを知って愛する皇太子。 二度目の生で結ばれる、宿敵たちの溺愛ラブファンタジー。
Ver más――――ドルフ視点――――その日の朝、俺はいつものように炉に火を入れた。三十五年、変わらぬ手順だった。炭を積み、種火を移し、風を送る。炎が育っていく音を聞きながら、鉄を選び、槌を握る。この繰り返しの中に、俺の今世のすべてがあった。だが、その朝は違った。炉の火が安定しきる前に、村の若い衆が息を切らして駆け込んできたのだ。「ドルフさん、大変だ。街道の向こうに、大勢の兵が」俺は槌を置いた。手の中に残った鉄の冷たさが、やけにはっきりと感じられた。「どのくらいだ」「分からねえ。だが、砂埃がすごい。何百、いや、もっとかもしれねえ」若い衆の声は震えていた。無理もない。この村で、そんなものを見た者は誰もいない。*村の外れの高台から、俺は南の街道を見下ろした。確かに、砂埃が上がっている。だが、それは村へ向かってくるものではなかった。街道を西へ、帝都の方角へ、迂回するように動いている。その動きを見て、俺は前世の記憶が呼び起こされるのを感じた。あれは、正面の守りを避けて、手薄な側面に回り込む動きだ。「――西門か」呟いた声は、自分でも驚くほど低かった。帝都の西門。守備の主力は南と東に回されていると、先日行商から聞いた。ならば、あそこは今、がら空きに近い。背後で、村人たちのざわめきが聞こえる。俺はしばらく、動けずにいた。*家に戻ると、妻が心配そうな顔で待っていた。土間には、まだ湯気の立つ朝食が並んでいる。息子は奥の間で、まだ寝息を立てていた。妻は俺の顔を見るなり、何かを察したようだった。長年連れ添った相手には、隠し事ができない。「あんた。何かあったのかい」「――ああ」俺は
三日目の朝、私たちは総本山を望む丘の上にいた。眼下に広がる街は、想像していたよりもずっと大きかった。白い石造りの建物が斜面に沿って幾重にも連なり、その中心に、天を突くような大聖堂の尖塔がそびえている。朝の光を受けて、街全体が眩しいほどに白く輝いていた。美しい光景だった。その美しさが、かえって不気味だった。「――謁見の申請は」アルヴィス様が、傍らの騎士に尋ねた。「昨日のうちに、先触れを出しております。ですが、まだ返答がございません」「意図的に、遅らせているな」「おそらくは」その短いやり取りだけで、状況の厳しさが分かった。私たちは、この街の外で、ただ待たされている。その間にも、時は刻一刻と過ぎていく。*昼前、二人目の伝令が到着した。帝都からの、二日ぶりの報せだった。伝令は昨夜からほとんど眠っていないらしく、目の下に濃い隈を作っていた。差し出された書状には、ゼルの筆跡で、四方の戦況が詳細に記されている。「読み上げます」アルヴィス様が、書状を広げた。「東門。ガイル率いる守備隊が、教会派の民兵およそ千二百と交戦中。防衛線は保持しているが、消耗が激しい」その一行を聞いただけで、ガイル様の疲れ切った顔が目に浮かんだ。彼は、いつも最前線で無理をする人だった。「北門。守備隊長の判断で、市街地への侵入を防ぐ布陣を敷いている。膠着状態」「西門は」私が問うと、彼は書状の続きに目を落とした。「西門は、最も手薄だ。守備隊の主力が、南と東に回されている」その言葉に、私は息を呑んだ。「では、そこが破られたら」「帝都の中枢まで、遮るものがなくなる」*私たちは、丘の上に張られた天幕の中で、書状を囲んでいた。風が布地を絶えず打ちつけ、その音が話し声に重なる。
出立から二日目の朝、私たちは国境を越えた。帝国の田園とは、まるで景色が違った。乾いた赤茶けた土に、低い灌木がまばらに生えている。空はよく晴れていたが、風は砂を含んで乾いており、頬に当たると微かに痛んだ。街道を行き交う人の姿は、驚くほど少ない。「――静かすぎますね」馬車の窓から外を眺めながら、シェラが呟いた。「本来なら、この時期は巡礼者で賑わうはずの街道でございます」「人払いがされている、ということかしら」「あるいは、皆が何かを察して、家に籠っているか」その言葉に、私は背筋が冷えるのを感じた。静けさは、平穏の証ではない。むしろ、その逆であることを、これまでの経験が教えていた。アルヴィス様は、地図を膝の上に広げたまま、じっと窓の外を見ていた。「総本山まで、あとどれくらいですか」「順調にいけば、明日の夕刻には着く」「順調に、いけば」「――そうだな」彼は、そこで言葉を切った。その短い沈黙が、私たちの誰もが抱えている不安を、そのまま表しているようだった。*昼を過ぎた頃、後方から馬蹄の音が近づいてきた。一騎だけの、猛烈な速度だった。護衛の騎士たちが即座に警戒態勢を取ったが、その旗印を見て、すぐに緊張を解いた。帝国の伝令旗だった。「殿下、火急の報せにございます」泥まみれの伝令が、馬から転げ落ちるように降り立った。喉が渇き切っているのか、その声はひどく掠れていた。アルヴィス様が、馬車を降りて彼のもとへ向かう。私も、後を追った。「何があった」「帝国国境の四方に同時に、武装勢力が現れました」その一言に、周囲の空気が凍りついた。「四方、というのは」「南、東、北、そして西でございます。すべて、同じ日の未明に動き出しました」私は、思わず
翌朝は、灰色の雲が空を低く覆っていた。昨日のあの晴天が嘘のように、風は冷たく、庭の木々を重く揺らしている。私は夜明け前に目を覚まし、まだ薄暗い部屋で、旅の支度を進めていた。窓の外から聞こえるのは、風の音だけだった。「お嬢様。お支度、お手伝いいたします」シェラが部屋に入ってきた。彼女もまた、一睡もしていないような顔をしていた。「あなたも、休めていないのね」「あの者のことを考えますと、どうにも」その声には、苛立ちと心配が入り混じっていた。前世からの仲間が、また一人で危険に飛び込んでいく。彼女にとっても、それは決して他人事ではないのだろう。「シェラは、ネフィリスのことが嫌い?」「――いいえ」彼女は、旅装を丁寧に整えながら、静かに答えた。「腹立たしくはございます。ですが、あの者なりの理屈は、分かってしまうのです。それが、余計に厄介で」*朝議の間に、主だった者が集まったのは、日が昇り切る前だった。卓の上には、昨夜のうちに準備された書状の束が積まれている。アーデルハイド王国への入国許可願い、聖教会への謁見申請、そして使節団の名簿。ゼルとガイル様が、夜通しで整えたものだった。「使節としての体裁は、これで整いました」ゼルが、書類を私の前に押し出した。彼の目の下には、はっきりと隈が浮かんでいる。「名目は、婚約成立の正式な報告と、両国関係の改善に向けた協議。これなら、教会も表立って拒めません」「ありがとう。よくここまで」「当然のことでございます」彼は短く答えたが、その声には、いつもの余裕がなかった。五歳の身体に、この二日の緊張は重すぎたのかもしれない。「随行者は、最小限といたします」ガイル様が続けた。「殿下、ヴィオレット様、シェラ殿、そして護衛の騎士を十名。それ以上は、かえって警戒を招きます」